テレワーク

2月末から、ほぼテレワーク。
仕事で外出したのは、3月は数日、4月は一日だけ。

もともと、テレワークのしやすい仕事だけれど、
全面的なテレワークになって、テレビ会議がかなり増えた。

こうなると、なんとなくそれ用のモノが欲しくなるのが人情である。

家人のいる自宅でのテレビ会議で気になるのが音声。
相手の音声がスピーカーから出ないようにしよう、ということでAirPods Proを導入した。

ワイヤレスだから、コードの取り回しがないのがいい。ちょっと席を立って資料を取ってくることもできる。

それから、マイクがついているのでテレビ会議だけでなく、電話でハンズフリーの会話ができるのも便利。会話しながら資料を参照したり、メモを取ることもできる。けっこう重宝していて、買って良かったなと思っている。

外出自粛の折、週二回、散歩がてらに食品や日用品の買い物に行くだけとなってしまった。
お店には行けないが、ネットショッピングで少しだけ物欲を満たしている。

それにしても、こうも通勤のない生活が続くと、果たして元の生活に戻れるのかという気もしてくる。いっそ定常的な在宅勤務にしてしまいたくなりそう。

団地のこと

清瀬, 東京
Kiyose, Tokyo

先日、是枝裕和監督の映画『海よりもまだ深く』をBSで観た。2016年に公開された映画で、団地を舞台に、売れない小説家の主人公(阿部寛さん)と、団地に一人住まいのその母親(樹木希林さん)、別れた元妻とその息子の家族の物語である。ロケ地の一つに、私の実家がある東京・清瀬市の旭が丘団地(昭和40年代に建設)が使われているので気になっていた。

しかも、6年ほど前に実家を訪れた際、その帰り道に偶然にも映画の撮影現場に遭遇していたのである。
その時は何の撮影か分からず、準備をしているスタッフを横目に、バス停に向かって歩いていたところ、白い帽子を被った女優さんと思しき人が椅子に腰かけていたのを憶えている。今から思えば、樹木希林さんに間違いないのだが、当時は分からなかった。

遠巻きに撮影を見ている人たちがいたので、一緒に見物していると、しばらくして本番の撮影が始まった。私が見たのは、主人公が母親と連れ立って公園の脇の道を歩いているシーンだった。

ロケ地は団地だけでなく、近隣のあちこちが使われていた。
昔に比べ、街は色々と変わってしまったが、映画では昔からある店が店名もそのまま登場していたので嬉しかった。
その一つが、商店街にある洋菓子店のホルン。子供の頃は、ケーキといえばその店だった。誕生ケーキやクリスマスケーキを買ってもらったことを憶えている。しかし、そのホルンも最近店を閉じてしまった。
清瀬駅の階段の途中にある立ち食いそば屋。学生の頃、学校帰りに食べた。
主人公の姉が勤めている和菓子屋の新杵。父がよく買ってきていた店である。

それから、旭が丘団地には賃貸と分譲があって、それがそのまま映画の設定でも使われていた。
主人公の母親が住むのは賃貸で、橋爪功さんの演じる音楽の先生は分譲に住んでいるという設定なのである。驚いたのは、母親の住む棟や公園脇の道のシーンは実際の賃貸地区で撮影されており、分譲に住む先生の家から母親が帰るシーンでは分譲地区で撮影されていたのである。これは住人しか分からない、滅茶苦茶ローカルな設定である。
この映画に出てくる清瀬のシーンは、だいたいどの場所で、どういう方向に撮っているかが分かる。棟の号数も、実際の番号をそのまま使っていたと思う。
架空の物語に、見慣れた風景や現実の設定がそのまま出てくるのが、なんとも不思議な気がした。

ちなみに、タコの滑り台のある公園や給水塔のシーンは、別の団地で撮影されたものだと思う。
昔は旭が丘団地にも、チューリップや貝殻の形をした滑り台があちこちにあったのだが、一つまた一つと姿を消していった。バラの形をした滑り台だけが今でも残っている(下の写真)。

給水塔は団地の中で最も高い建築物で、団地が5階建てなのに対し、給水塔はその倍くらいの高さがあったと思う。

子供時代を昭和40年代に建設された団地で過ごした人にとって、滑り台や給水塔は団地のシンボル的な存在なのかもしれない。
是枝監督は、9歳から28歳まで旭が丘団地に住んでいたそうである。
私は、3歳から30代半ばまで住んでいた。今も実家があるので、たまに訪れている。







(最初の2枚は映画の撮影を見かけたときのもので2014年に撮影。次の7枚は2012年、最後の1枚は2019年に撮影。)

2020, Tokio #08

都営交通のPROJECT TOEIの写真集。
マグナム・フォトの3人の写真家が都営交通の風景を撮影したもので、タイトルは『すべての「今日」のために』。

都営バスに設置されたサイネージに映し出される写真を見かけていて、前から気になっていた。
今年になって、インスタグラムで写真集プレゼントの告知を見かけ、応募したら運よく当選したので、ちょっと嬉しい。

記憶の中のカメラ女子



彼女が持っているのは、望遠レンズを付けたオリンパスOM-1。

カメラ女子という言葉を耳にするけれど、オシャレに写真を楽しむ女子のことだそうで、言われてみれば街中でカメラを下げた女性を目にすることが多くなった気がする。楽しみ方も様々で、デジタルネイティブと思われる人がアナログカメラを使っているのを見ると、そのギャップがいいなぁと思う。

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さて、種明かしをすると、実はこれらの写真は最近のものではない。
37年前の1982年、季節はちょうど今と同じ、桜の咲くころ。二人で公園へ行ったときに撮ったもので、当然のことながら、デジタルカメラは影も形もない時代。このとき、私はミノルタXDに50mmを付けて彼女を撮っていたはずである。

先日、実家に行った際に整理していたら出てきた写真で、これを見たとき、まさしくカメラ女子ではないか、と思った。

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40年近く前のプリントやフィルムは、経年により色が褪せ、汚れもついていた。そこで、フィルムをスキャンして再生処理を施したところ、写真は見違えるほど綺麗になり、まるでつい最近撮ったかのようになった。綺麗になった写真を眺めていたら、当時の記憶や感覚がまざまざと蘇ってきて、時間の遠近感が狂ってしまったのか、今でもあの頃のままの彼女がいるような気がした。

記憶の中のカメラ女子は、琥珀の中に閉じこめられた太古の昆虫のように、16歳のままなのである。